お知らせ・日記

  • 業界三位の実績 川合佐平

    日付:2024年02月17日 カテゴリー:乾児 絆

    戦後、出張販売で 戦後、対岸貿易が封鎖され、樺太への移出が途絶した商港小樽は斜陽のみちをたどったが、北海道林屋製茶もその例外ではなかった。『真岡、豊原両支店を失ったことは大きな痛手だ。しかし過ぎたことはしかたない。その販 […]

  • 日本の雑穀王 林松蔵

    日付:2024年02月15日 カテゴリー:乾児 絆

    第一次大戦当時 ロンドン相場を動かす 第一次世界大戦のころ『ロンドンの豆相場を動かした男』といわれた雑穀輸出商。小樽港に初めて外国船を誘致したのも松蔵の力が大きかった。 松蔵は若くして来道、当時有幌町にあった中村支店の専 […]

  • おそらく、もう二度と…

    日付:2024年02月14日 カテゴリー:小樽市指定歴史的建造物

    建築年:明治23年~27年(1890~1894) 小樽倉庫の創立者は西出孫左衛門と西谷庄八という加賀橋立の北前船主であった。創建当時の明治二十八年ころの小樽は近江商人と越後商人の二大勢力が威を張り、北前船という運輸を武器 […]

  • 本邦初の倉庫業 五代 西谷庄八

    日付:2024年02月14日 カテゴリー:乾児 絆

    事業家膚の豪傑  五代西谷庄八は回そう店として東洋一といわれたほど手広く商売をした人だった。深く物事を考えてそれから実行に移す…泣くまで待とうホトトギス型のいわば徳川家康的な性格の持ち主だった。当時庄八宅に行儀見習いとし […]

  • 三馬、製缶、歌碑の時代~㉘

    日付:2024年02月13日 カテゴリー:北海道中央バス

    運河モンチャク 文学碑というのが、やたらハヤっている。いまに国中歌碑でいっぱいになるのではないか。 一番多いのは啄木で、行かなかったところにも建っている。小樽の手宮公園にも新しいのがある。小林多喜二のは旭展望台にあるし、 […]

  • 戸出物産倉庫

    日付:2024年02月13日 カテゴリー:小樽市指定歴史的建造物

    海洋少年団音楽隊の練習場にも使われている戸出物産倉庫~がん丈な構造 荷を守り62年 入船十字街から海へ向って下ると、小樽でも有名な7つの道が交わる交差点に出る。その一角にかつて共成株式会社、現フジヤ家具センターがあり、そ […]

  • ‶三馬〟の基礎を築く 中村利三郎

    日付:2024年02月13日 カテゴリー:乾児 絆

    質素を旨に努力重ねる 利三郎の晩年は説教の好きな大久保彦左衛門みたいな人だった。ずけずけと遠慮なくものをいう。昔のサムライのような厳格な一面があった。利三郎の親類筋で二代目仁郎夫人となったコトは『一口でいうと質実剛健の人 […]

  • 日本のでん粉王 井上宇太郎

    日付:2024年02月12日 カテゴリー:乾児 絆

    海外と豆の直取り引き 『日本のでん粉王』とまで名声を博し、ロンドンの雑穀相場まで動かした快男児宇太郎も、やはり裸一貫からたたき上げた小樽商人のひとりだ。 明治八年、愛媛県生まれ、十六歳のとき大阪に出て乾物問屋にでっち奉公 […]

  • 魁陽亭の坂登った日露代表

    日付:2024年02月11日 カテゴリー:日本郵船・日本銀行・海陽亭

     このところ数年間に小樽駅前は面目を一新したように見える。小樽の再開発はとにかく駅前からというわけであろうか。 駅正面と第一ビルの間のコンクリート壁に、姉妹都市ナホトカ市との友好を示す、素晴らしいデザインのかもめが描かれ […]

  • 長年の疑問

    日付:2024年02月11日 カテゴリー:原稿小樽明治29年からの四十年誌

     汽船は定期船その他入港せる汽船もありたれども運賃の関係もあり問屋筋の都合もありてか海産物などは絶えて汽船積みにしなかったのであるが、この頃より移住民が各地より続々来るのでそれを小樽へ揚陸せしめ小樽より石狩原野その他へ送 […]