カテゴリー:乾児 絆
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ガンコおやじ 畑貫治
日付:2024年02月08日 カテゴリー:乾児 絆
『北選米』売り出す 『まじめに生活しなきゃ世間の人にきらわれる」と口ぐせにいっていた貫治は、米穀業者やお客さんの間でガンコおやじとしてけむたがれていた。 明治十九年一月十九日石川県の坂井家でうぶ声を上げた。家があまり裕福 […]
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海運界の風雲児 二代目 塩田安蔵
日付:2024年02月07日 カテゴリー:乾児 絆
樺太航路に豪華船造る 現代風にいえば豪華客船とでもいおうか、昭和の初め安蔵は全財産をたたき売って千六百㌧の貨物船を買った。そして小樽―樺太間の貨客船に改造して就航させた。この船『永宝丸』といったが、客の間にすこぶる評判が […]
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三等車で折衝に 河原直孝
日付:2024年02月06日 カテゴリー:乾児 絆
市長時代 あくまで温厚な人 『河原はなんにでも納まる徳のある人間だった』と先輩の田辺新一はいう。 直孝の父が京都府立第一女学校の校長をしていたころ小樽選出代議士の寺田省帰が同校の先生だった。こんな関係で直孝は来樽、北海道 […]
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北洋漁業に着目 新谷専太郎
日付:2024年02月05日 カテゴリー:乾児 絆
日ソ貿易の促進を図る 専太郎は先代喜作の跡を継ぎ、漁網の製造と販売。ロープ商なども行なったが、さらに小樽市街自動車の専務、小樽取引所と北海製紙の監査役などにたずさわり活躍した。 さらに早くから北洋漁業と日露貿易にちゃくも […]
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終生‶三等〟を利用 初代 中村卯太郎
日付:2024年02月04日 カテゴリー:乾児 絆
本道初の劇場(宝栄座)建設 『運、鈍(鈍重)、根(根…この三つのことばが好きな人だった。口ぐせのように‶頭がよくなくても、根気よくまじめにやれば天は助けてくれる〟といっていた。酒飲まず、タバコも吸わない当時の材木商として […]
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外柔内剛の人 杉江仙次郎
日付:2024年02月02日 カテゴリー:乾児 絆
中央バスの前身を築く 『人の保証をしてはいけない。そうしたはめに追いこまれることもあろうが、そこはこらえて、たとえ兄弟、縁者でも保証はしないこと…』仙次郎は養子の猛=現中央バス専務、杉江商店社長=に店を譲るとき、こういっ […]
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マイ・ペースで 稲葉林之助
日付:2024年02月01日 カテゴリー:乾児 絆
終生、手形を書かず 『おのれにきびしいひとだっただけに妻にとっては厳夫であり、私たち子供にとっても文字どおり厳父でした』…長男稲葉欽一が述懐する林之助は、これほどさように、人にたいしても、自分にも厳しかった。 頭の回転が […]
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包容力で頭角を 岡崎謙
日付:2024年01月31日 カテゴリー:乾児 絆
ソロバン度外視する趣味人 商人でありながら、ソロバンを度外視して終生生活を楽しんだ人間岡崎謙はチ密な頭脳の数理に明るい人だった。明治十年四月、新潟は佐渡にうぶ声を上げた。ミソ醸造のかたわらその販売に当たっていた父藤太郎と […]
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一升に十四、五銭 稲積豊次郎
日付:2024年01月29日 カテゴリー:乾児 絆
たしまえで米騒動防ぐ 豊次郎は人の困っているのを黙って見ていられない性分で、こうした人たちをみると大金を惜しげもなく投げ出した。 文久元年八月十五日富山県高岡市横田で稲積四郎兵衛の三男として生まれた。家は貧しかったが幼少 […]
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『誠』『和』を信条に 神野新平
日付:2024年01月26日 カテゴリー:乾児 絆
繊維業界の長老でいまなお活躍 新平は現在小樽繊維業界の最長老として小樽経済の一翼をになっている。 滋賀県甲良村で農業を営んでいた神野伝吉の四男として、明治十年一月二十七日弧々の声を上げた。新平は十六歳まで私塾にかようかた […]

そば会席 小笠原
北海道小樽市桜2丁目17-4電話:0134-26-6471, 090-5959-6100
FAX:電話番号と同じ
E-mail:qqhx3xq9k@circus.ocn.ne.jp
営業時間:10:30~21:30
定休日:月曜日