カテゴリー:乾児 絆

  • 精米の京坂与三太郎

    日付:2020年04月18日 カテゴリー:乾児 絆

     海運ルートの連絡によって、日本の米産地北陸各地と直接結びついていた小樽港の住民は、その地の利を得てこと米食に至っては不自由を感ずることなどはあまりなかった。 例えば開拓使時代札幌本庁管轄の各地のなかで、雑穀混入どこ吹く […]

  • 小豆将軍 高橋直治

    日付:2020年04月11日 カテゴリー:乾児 絆

     むかし成金という言葉があった。‶吹けば飛ぶような〟将棋の歩でも、敵陣に突入すれば一挙にして金に成る。…これが出所である。大正三年の世界大戦でタナボタ式の漁夫の利を占めた日本に、驚天動地の成金ブームが媚笑をうかべて到来し […]

  • 海運王 板谷宮吉

    日付:2020年04月08日 カテゴリー:乾児 絆

     地口に〈近江泥棒伊勢乞食〉という言葉がある。商人気質を単的に表現しているが、御本尊の滋賀県人は〈近江殿子伊勢小正直〉が誤り伝えられたものだと弁解する。 つまり江商には、金豪になって殿様さながらの富裕の座に就いた目はしの […]

  • 乾児そして絆

    日付:2020年04月08日 カテゴリー:乾児 絆

    8頁から「海陽亭の興り」 海陽亭の始まりは安政初期、松井某が魁陽亭の名で始めたのが興り、とする説があるが定かではない。この松井というのは初代越中屋旅館主人の乾児で元官船通済丸の賄い方をしていた男とされている。(乾児・・・ […]

  • 川又健一郎宅についての考察㉕

    日付:2016年02月21日 カテゴリー:う~ん

     川又商店、旧川又商店、早川支店、早川商店、旧早川支店などいろいろな呼び方で呼ばれるのは、なぜでしょう。 どれも間違いだとは言えないでしょう。 しかし一つの建物が色々な呼び方をされるというのは釈然としません。 小樽を代表 […]