美食多産期の腹構え(続)

2015年02月06日

 私は今なにを考えているかというと、能登に産する このわた を手に入れようとし、その卵巣の くちこ をなんとかして一刻も早く口にしたいものだと念願している。このわた は知多半島にもある。尾道にも名物はあるが、能登半島のは特別の風味をもって、私たちをよろこばせてくれる。くちこ に至っては絶品といっていい。北海における寒中が生むところの味覚の王者である。それを送ってくれる友人が、二、三あって、今からモーションをかけ、せっかくの努力中で、その楽しみは、まさに寿命をのばしてくれるようだ。しかも、これは私が五十年前からつづけている年中行事なのだ。

 寒中ともなれば、数知れずといいたいまで美食がせまって来て、その楽事に忙殺される。中形のふぐを食うのも口福の大なるもの。京のたけのこ、冬眠のスッポン、江州瀬田の寒もろこもまことに楽しい美食である。能登ぶりの砂摺りの刺身などは、考えるだけでもたまらなく美味い。しびまぐろの上々にもまさる美味さである。ただし、南日本海で獲れるぶりはそうはいかない。ともかく、寒中に美食を求めてはかぎりがない。餅だって寒餅というのが一番美味い。

 私は秋十月から春二月までを美食多産期として腹構えをし、次から次と食欲を満たしてくれる最好季節を無駄に過ごしたことはない。三、四、五月頃になると、明石だいが美味くなり、はもも上々の食い頃。

 瀬戸内海は、だいたいどんなさかなでも関東方面と違って、なにからなにまで特に美味いのであるが、貝類、えび類が関東に劣っている。あなごも、てんぷら、すしだねには向かない。とにかく美味しいものばかり食って人生を楽しむことは、心ひそかにほほえましいことである。しかも、世界中で一番美味い食品の数多くある日本に存在する生活のしあわせを考えては、たまらなくほほえましい。(昭和二十九年)

魯山人著作集 魯山人美味論語より

CIMG8860小樽産のなまこ 小樽産のホヤ

CIMG8861にしんの切り込み

CIMG8886小樽産のタコ