繊維問屋が集中 漁業、木材も全道一
2020年05月29日
図表は大正七年富貴堂発表の道内長者番付
司会~一方人口に合わせて経済の方もここに道内の金満家、まあ多額納税者とでもいうのでしょうか、番付けがあるのです。これによると板谷宮吉さんとか山本厚三さんとかまた犬上慶五郎さんとかいった人たちが上位を占め、圧倒的に小樽が多かった。
今と比べると全く感無量といったところです。とにかく人口面でもこういうお金持ちの点でも道内第一を誇っていたわけです。
渡辺~そうですね。日本銀行の小樽支店は当時全道の総元締めでした。その他に函館に支店がありましたが、札幌には支店がなかったのです。ですから当時小樽が道内経済の中心だったわけです。地価なども札幌よりもちろん高かった。
司会~ところで・・・全道一だったものにどんなものがありますか。
渡辺~漁業と木材でなかったかな。
鈴木~それは大正7年ごろだったね。
近江~やはり樺太があったのがよかった。当時は繊維の問屋が小樽に集中していたものだ。
近江~当時大阪から繊維品を仕入れるということになりますとまず船を利用したものです。何しろ汽車では引き合いませんでしたから。一番安い運賃というのが船でした。それで大阪から買ってきたものは全部船で小樽に運んできたわけです。小樽の繊維問屋の利点はこういうところにあったのです。いわゆる小樽という町は物がはいってくるのに非常に便利だった。だから札幌、旭川 の問屋には小樽から運んだものです。
渡辺~古くから大阪との関係があったね。大阪の金持ちは皆小樽でもうけていった。いわゆる広海、大家、右近といった人たちだが。
~みんなで語ろう小樽の町づくり
北海タイムス 昭和40年3月2日~3月17日より
桜の標本木、小樽警察署にある桜はだいぶ花が咲いていました。
市総合福祉センター玄関わきの桜も満開に近いな。と感じました。
小樽市内でも場所によって、桜の見ごろの時期がだいぶ違うようです。
~2015.4.26
そば会席 小笠原
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