再建中の「今」ならではの首里城をまじかで…

2024年07月30日

ゆいレール

てだこ浦西駅へ

折り返し

那覇空港駅へ

レールが

変換する

場面も

目撃できたので

首里城へ

 

園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきいしもん)~国王が外出する時の安全をこの石門の前で祈願しました。沖縄戦で一部破壊され、1957年に復元。2000年12月に世界遺産に登録されました。

瑞泉門

龍桶(りゅうひ)~龍の口から水が湧き出ていることが名の由来。瑞泉門の手前にあり、応急や賓客の大切な飲料水でした。

 

再建中の「今」ならではの首里城をまじかでご覧ください。

2019年10月31日の火災で、正殿を含む9つの施設が損傷しました。現在は、国内外の多くの皆さまからのご支援をいただき、「見せる復興」をテーマに一歩ずつ着実に復興への歩みを進めています。復元工事は正殿から着手しており、正殿の立っていた御庭(うなー)には、木材を加工する「木材倉庫」、原寸大の図面を描く「原寸場」、建設中の正殿を雨風や埃から守る「素屋根」が建てられ、併設された見学エリアからガラス越しに復元工事の様子をごらんいただけます。

※原則、土日は復元工事の作業はお休みです。

奉神門(ほうしんもん)~3つの入り口のうち、中央の門は国王など限られた身分の高い人だけが通れました。開門を告げる朝の儀式「御開門(うけーじょー)を観ることができます。

 

原寸場見学エリア

首里城正殿の建築に使われる実物大の図面を描く場所です。ガラス越しに作業の様子をご覧いただけます。

 

素屋根(すやね)見学エリア~この中で首里城正殿の復元工事をしています。3階建てで各階に設けた見学エリアからまじかで作業の様子をご覧いただけます。

浦添城跡

牧港方面

晴れた日は慶良間諸島も見えるそうです

東(あがり)のアザナ~城郭の東側に築かれたもの三台で、首里城公園一帯や那覇の街並みを一望できます。東は日が昇る場所のため方言で「アガリ」といいます。

久高島方面

焼失した

首里城の歴史~首里城は14世紀頃に創建されたといわれ、中国や日本の文化を混合する琉球独特の木造建築物でした。首里城は国王とその家族が居住する「王宮」であると同時に、王国当地の行政機関「首里王府」の本部でもあり、さらに各地に配置された神女(しんじょ)たちを通じて、王国祭祀を運営する宗教上のネットワークの拠点でもありました。

 1879年沖縄県となった後は、日本軍の駐屯地、各種学校等として首里城は使われました。1945年の沖縄戦で焼失し、戦後は琉球大学のキャンパスとなりましたが、大学移転後に復元事業が推進され1992年に首里城公園として開園しました。復元された首里城は18世紀以降をモデルとしています。

 

『太平洋戦争中、首里城地下には日本軍の司令部が置かれていました。』