大正・昭和初期における小樽有情の息吹(その2) 95

2019年12月14日

 それは1973年(昭和12ねん)本市で開催された開道70周年記念北海道大博覧会ころのことであった。地元の芸者さんの親睦団体としての「とら会」は、以前より有名であったが、これに加えて、二つの親睦団体が活躍した。

 赤襟組をもって組織された「むらさきの会」。そして北斗見番の若手連で組織された「ヨーヨー会」である。

 前者は、昭本一方、小喜久、喜久丸、兼千代らのメンバーである。後者は、北斗見番の豆太郎、長二郎、桃代、潮松、星千代らの堅陣であった。

 「むらさき会」は、昭和11年の発足。「ヨーヨー会」は、この年に結成4年目を迎えているが、共に小樽花街では売っ子の勢揃いであった。まずは芸妓向上の研究を主とした親睦団体であったが、市民や全道から来たお客には好感を持って迎えられた団体であった。

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 これと共に活躍した当時の芸妓陣を、次に写真で紹介したい。

写真Aは、北斗見番の喜代太郎(左)と一郎(右)

写真A

 写真Bは、小樽連の左上から小新、静奴、右上から三木助、小福、中央は北斗見番のはじめ。

写真B

写真Cは、中央見番で志田り上から〆奴、竹丸、右上からまねぎ、笑子、中央は勝男

写真C

 写真Dは、北斗見番の勘弥。

写真D

 写真Eは、中央見番の菊丸。

写真E

 写真Fは、昭和見番の美代香である。

写真F

小樽市史軟解 4 岩坂桂二

月刊ラブおたる

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