本当のリベラリスト

2015年08月22日

 一九五二年(昭和二十七年)六月でございました。モリエール『守銭奴』と、近松門左衛門の『俊寛』と、舞踏劇『どんつく』をもって北海道を翫右衛門兄と私が中心になって巡演しておりました。この時でございました。大変に無謀な警察と、特審局といいましたものが、我々をいつも取り巻いておりまして、北海道の公演中ずうっと追いかけまわされる形で芝居を続けてまいりました。

 お客様は芝居がなんで、そんなことに関係あるのだろうと非常にお怒りになりました。そういう状態の中、小樽の時でございました。小樽でも大変な騒ぎになりまして、俗にいう特審局が追いかけ廻す最高潮といわれる時、会場のお客様は満席でございました。翫右衛門さんは、あまりにもひどいやり方なので、隠れていまして、出演直前に姿を現はし、化粧して舞台につとめておりました。というのは、理由不鮮明のまま逮捕状を翫右衛門さんに出し、追いかけ廻していたのです。御見物の方もそれをわきまへていらっしゃるのでした。

 全道の特審局並びに警察まで総動員になりまして動いていたのです。小樽の公会堂へ見馴れない男がはいってきまして、その男の背中が盛り上がっていたので係の者が肩をたたくと、拳銃らしい物を持っていたので、係は早速その男を市長のところへ連れていきました。その時の市長が安達さんでございました。大変しっかりした方で「そういう危険物を持って小樽の中を歩かれても困るし、芝居見物するのですからこちらでお預かりします」と眼の前でピストルを取り上げ、それを綺麗に包んで、市の金庫に入れて鍵をかけてしまいました。その男は余市の警察の人間だったのです。小樽の芝居なのに、余市の警察まで総動員されていた中で、市長は敢然として、本当のリベラリストの立場で、文化運動と、政治活動を一緒にしてはならないという気持から、一般観衆の立場に立ち、我々を保護して下さった思い出は、なかなか消えさるものではありません。今、思いなおしても、あの市長がいらっしゃったからと痛感しております。

 安達さんの御気性として、市長の責任を全うされたのが当然だと思われました。お亡くなりになってもう半年経ちますが、立派な方でございました。

~安達与五郎追悼録

川原崎 國太郎(劇団前進座) 本当のリベラリストより