田村平治 (その三)
2015年07月20日
E 和子夫人と自宅で昼食。かぼちゃの煮物、昆布煮、漬物など10色のおかずが。生に近いイワシの干し物(酢醤油で)と、花ガツオ、ショウガ、ネギ添えの生揚げを焼いたものが好み。
ー感謝の心を忘れるなと。
「私ら料理人の役目は、その恵みに手を加えてお客様に賞味していただく。大地や海からのざしきへの、仲介人やと思いますのや。捨てたらあきまへん。生かしてやらんと自然にも、作る人にも申し訳ない。
そやから大根の皮も大事な素材として、同じ厚さ長さにむいて、干して、醤油で煮含めて瓶に詰めながら、同時に人様に料理を差し上げる者の基本の心構えを詰めている。そう、若いもんに言うて聞かせるんですわ。」
ー料理場では、さぞきびしいんでしょうね。
「手抜きは絶対許しませんな。手をあげることはしませんが、たとえば魚のウロコが一枚残っとったら、大声で“誰や”。そして名乗り出た者の額に、そのウロコをぺたっと貼りつける。数十人の前でやられるから本人は真っ赤になりますよ。この恥が大事なんですわ。で、誰がつけたか『鬼の平治』。“修業は無理へんにげんこつというけど、うちは恥へんにウロコがつくんだから”」(笑)
ープロの修業は大変ですね。
「言葉遣いにもうるさいですな。礼儀の問題だけやなしに、料理中の言葉遣いは、仕上がりに微妙に影響するんですわ。荒っぽい言葉やと、やはり粗雑な仕上がりになる。本当ですよ。よく夫婦喧嘩したときの味噌汁はまずいといいますやろ。料理は、作る人の気持ちのありようが必ず反映されるんです。だから、うまいもんを奥さんに作ってもらいたいなら、夫婦仲良うすることですなあ」(笑)
ー素人と玄人の決定的な違いとは?
「五味、五色、五行、五感、五法。私が思いますに、この計25の組み合わせがうまくいったときに、初めて日本料理は完成する。つまり玄人の料理といえるんやないかと。
五味とは5つの味。甘い、酸っぱい、苦い、塩辛い、香辛料の辛さ。この五味が揃えば、味のバランスがとれている。
五色とは5つの色。白、黄、赤、青(緑)黒。この5色が揃っとったら、見た目にもきれいだし、栄養も偏っていない」
ーでは五行とは?
「5つの自然。火、水、土、木、金。火加減、水加減、食材の採れる土・・・・・・。自然界のバランスと考えてもいいでしょうな。
五感とは5つの感覚。見る、聞く、匂う、触る、味わう。そして五法とは5つの料理法。切る(生)、煮る、焼く、蒸す、揚げる。
これには昔からの言い伝えもむろん含まれていますが、70数年料理場に立ってきた私が感じた、日々のお客様の声、まあその集大成とでもいいますかな。」
ー料理人は遊びも大事といいますが。
「私は下戸やし、博打もやりませんが、京都時代は遊びもやりましたなあ。朝帰りすると、先輩が待ち受けていて“おまえら、これから胡麻切りや”胡麻を煎って、ぷっと膨れたあの小さいのを包丁で真っ二つに切るんですわ。刃先に目を凝らし、一気に切らなあかん。寝てないさかい、うまくいかんのですわ。それでも何とかやっていると、次は難関の俵切り。胡麻の上下の端を切って俵型にせいと。今はそれもいい思い出ですなあ」
ーでは、家庭で美味しい料理を作るコツを。
「塩と醤油と水ですな。政府の塩はまずいさかい、うちでは韓国の塩を使っとった。ところが、買い付けに行く者が飛行場でやられる。麻薬と間違えられましてなあ(笑)。今は伯方の塩を使うてます。ゆでものをするときの塩加減。あれは血よりも薄めがええのや。血をなめたことある?あれより少し薄い味。お吸い物の塩加減も同じですわ。
それと、日本料理に欠かせない醤油。醤油は風味が生命です。煮物や汁物に入れるときは、一遍に入れずに、2~3度に分けて。それと、火を止めるほんとの直前に1滴落とす。これで風味が全然違ってきますよ」
―水はいかがでしょう。
「どんなに新鮮な材料でも私らの手に届くまでには確実に鮮度は落ちてますやろ。それをまた元の生き生きした状態に戻したい。そんな魔法の粉があるんかい、と思うでしょう。それがあるんです。水ですわ。
萎えた野菜は水につけ、魚は水で洗い、ウロコやぬめりを取る。逆に言うたら、水につけてシャキッとならん素材はあかん。こんなんは、どう料理してもまずいわ。」
ーでも、水道水もまずいですね。
「水は素材を洗うだけやなしに、米を炊く、だしをとる、煮汁にする・・・・・・。料理の泉であり、生命の泉です。うちでは一時、市販の水を使うてましたが、これも時間が経つと、清浄感がなくなるんですわ。結局、今は濾過装置に頼ってます。水は土から湧いて、すべてを清らかに洗い流す清浄なものでした。われわれ人間はその水を汚してしまった。この失敗を十二分に反省して、空気までダメにせんように肝に銘じんと、うまいもんを食べるどころやなくなりますなあ」
F 趣味は日本画を描くこと。“料理は女人禁制”の因習を破り、30年まえから女性対象の手頃な昼懐石を始めている。米寿を迎え、体力の低下は否めないが、「舌は年々敏感になっていく」と。
(おしまい)
~サライ 1982年10月1日号より
始まりました
ボート天国
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