田村 平治 (その二)
2015年06月23日
C~愛蔵の器。上は魯山人の織部、右は清水六兵衛、左は正倉院天平馬の写し。「何を盛ってもええ。名器は料理を選びまへん」
ー関東の味つけに驚かれたことは?
「初めて本格的な江戸前料理を見たときは心底、魂消ました。なんやこれ、真っ黒や。
精霊流しの晩、柳橋から屋形船に乗って折詰の弁当を広げたときです。灯も暗かったから余計やね。関西の薄い味と色しか知らんかっらから、そらびっくりしたわ。暑い盛りで、濃い味つけで傷まないようにしていたとはいえ、相当な濃さでねえ。
しかし、それにはちゃんと由緒があるんです。江戸前料理はお武家さんの料理。殿様のところへ使者に行ったお侍への接待料理が発祥なんです。そこで冷めてもお土産に持ち帰っても美味いように、甘みがちで醤油の濃い味つけになったといわれています」
ー野暮というわけではないんですね。
「もうひとつ驚いたんは、江戸前の一流料理屋ではタイは身しか使わず、頭を気前よく捨ててしまうこと。しかも、その捨てた頭を魚屋がもらいに来て、今度は関西料理の店に納めるというんで、またびっくり。」
ー関西は締まり屋?
「お武家さんの作法は、器を置いたまま頭を上げて食べる。これでは骨があったら食べにくくてしょうがない。それに対して、町人の関西は、器を持って食べても差し支えない。だから骨が多いタイの頭の料理もいけるんですわ。同じ理由で江戸前料理には汁けがなく、関西は治部煮、吉野煮、沢煮など汁物料理が発達したわけです。
ー優劣ではなく歴史的必然ですね。
「盛りつけで、京都と東京の違いを思い知らされたこともあります。刺身皿にタイの平造りを7切れ盛りつけた。けんやつまにも工夫して色どりも考え、われながら満足するできばえでした。ところが、お客様が“こんな貧相ではダメだ”と。私、言い返しましたよ。腹も身の内、食べきれないほど盛ってもしょうがないでしょう、と。すると、“金を払うのはこっちだ。押しつけるな”と言われた。
思い知らされました。自分ひとりが好い気になっとったんですな。料理人が自分の好みや流儀を押しつけるのは、思い上がりもいいところです。
ただ料理屋の難しいところは、どなたにもおいしいと感じていただかなければならない。私は若いもんに“ほどほどで最良の味を”と言うんですけど、これが難しいんですなあ。」
ー「ほどほどで最良」。極意でしょうね。
「京都での修業時代、私の師匠は西村卯三郎という一流中の一流料理人でしたが、親父さんに“料理はもっさり仕上げること”と教わりましたんや。もっさりとは平凡、野暮ったいという
こと。すっきり粋過ぎたり、また逆に飾り立ててはいかん、と。きれいに見せようとするのは邪道や、それに捉われたら味を忘れる。平凡に徹せよ、と。至言ですな」
ー細工物のような料理もありますね。
「まして食べにくい料理は論外ですな。食べる人のことを考えていない、いうことですから。何の細工もない、おふくろの味がうまいのも家族への思いやりが溢れとるからですわ。
西村の親父さんには“甘いものは甘く、辛いものは辛く”いうのも始終言われた。これは材料の持ち味を生かして料理するいうこと。甘みのある材料をねじ曲げて辛く料理するな、と。その反対もいえますな。」
ー素材を大切にする。
「素材を大切にするというのは、またトコトン使い切る事でもあるます。私の料理信条いいますか、若いもんに一番やかましく言うのはこのことです。料理の素材となるものには生命がありますのや。生命を慈しまんといかん。野菜も魚も、天からの授かりものやさかい、余すことなくトコトン使い切るのが料理人の務めなんです。
よく“料理屋は高い金を取るのだから、素材のいいところしか使わない。それが料理人の誇りだ”という人がありますが、私は考え違いやと思います。私に言わせれば、それは誇りやなしに奢りです。しかも、いいところしか使わんのやら腕はいらんでしょう。誰でもそこそこのものは作れる。
ー「つきぢ田村」では、大根の皮のむき方にもうるさいとか。
「そらもう、うるさく仕込みます。捨てるんなら、いい加減でもいいでしょうが、うちでは、その皮で醤油煮や切り干し大根にしますからね。皮は切り屑ではなく、材料なんですわ。もう20年以上前から、野菜の皮の醤油煮をお土産用に瓶詰にしていますしね。
何も皮まで売らなくても、と言う方もありがすが、私は捨てなくていいものを捨てる気にはなりませんのや。だから召し上がる方も、なんや皮やないかと見下さず、皮もこんなにうまくたべれるのかと見直していただければ、本望ですなあ。
世の中にはそら贅沢なものは仰山あります。それを並べれば儲かるでしょう。が、大根は大根のうまみを持ち、土と人間が作り上げた立派な作物です。しかも、よく使う真ん中だけやなしに、尻尾のほうも皮も葉も、立派に大根ですわ。お百姓さんは真ん中だけを作ろうと、水をやったり、天気の心配をしてはるわけやない。魚かてそうや。漁師の人が死に物狂いで捕らはったものです。食べ物は天からの恵みであると同時に、人知を尽くしたものでもあるんですわ」
D 初代、平治(写真)、2代目暉昭氏、3代目隆氏と3世代で味を守る。「料理屋とおできは大きくなったら潰れる」と特別の縁のある銀座松屋店以外に支店を出さない。
~料理はもっさり仕上げるべし。もっさりとは平凡、野暮。飾るな、持ち味を生かせ、いうことです~
(その三へ つづく)
~サライ 1992年10月1日号より
『出会い、ちょっぴりかわった‼』
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